レビュー一覧
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江守太一さん 「国宝」 6/10(火) 新宿バルト9にて鑑賞 |
圧巻。この言葉に尽きる。鑑賞後、ただ静かに、この作品に出会えたことへの感謝が湧き上がった。この映画は、ただの芸道映画ではない。血筋と才能、栄光と挫折が交錯する、魂を揺さぶる傑作であり、映画史に刻まれる国宝級の一作である。 物語は、任侠の家に生まれた喜久雄が、伝統と世襲が支配する歌舞伎の世界に飛び込み、女形として芸の極致を目指す姿を描く。人間国宝という唯一無二の存在を追いながら、“血”と“芸”の狭間で葛藤し、ただ舞うことに生を見出していく。そんな一人の役者の壮絶な生き様の記録である。 本作では『曽根崎心中』や『二人道成寺』など実際の多数の演目を、吉沢亮らが代役なしで演じ切る。その所作や目線、指先には女形が宿り、息遣いや情念が肌に直接触れてくる。その肉体にまで刻まれた表現は、もはや演技の枠を超えており、鳥肌すら覚える。さらに、渡辺謙、寺島しのぶ、田中泯ら名優陣が物語に深みを与える。また、作中の美しさと残酷さを同時表現する革新的なカメラワークや照明技術にも驚かされる。その精緻な演出とキャスティングの妙が、吉沢亮演じる喜久雄の“芸に人生を賭けた姿”に、確かな重みを与えている。 女形に人生を捧げた喜久雄が、最後に見せる“舞”──それは観客にも深い爪痕を残す。その一瞬、その光景のために、この映画は存在しているのかもしれない。喜久雄が見たあの“景色”の重みを、ぜひ劇場で体験してほしい。 |
河村あずささん 「フロントライン」 6/15(日) T・ジョイ エミテラス所沢にて鑑賞 |
今回私がご紹介したい作品は「フロントライン」です。この作品は、5年前、日本で初めて新型コロナウイルスの集団感染が発生した豪華客船『ダイヤモンド・プリンセス号』のニュースを見ていた全ての人々が、当事者の視点で見ることができる作品です。これまで多くの歴史や事件の『事実に基づいた作品』を見てきましたが、自分が当事者となって見ることができる作品は初めてでした。それだけに心が動かされることが多く、大きな衝撃を受けました。 TVニュースに映る横浜港の豪華客船を見ていたあの日、その内部でこんなにも複雑で困難な事態が起きていたことを、当時の私はまったく知りませんでした。知らないことをいいことに『なぜ対処が遅いのか』とさえ思っていた自分を、今は恥ずかしく思います。誰もがやりたがらないことを、誰かがやらなければならない時、行動してくれる人がいる。彼らのような名もなき人々によって、私たちの日常の平和はいつも守られていることを忘れてはならないと強く思いました。 今後、コロナや東日本大震災の津波、福島の原発事故のように、誰も正解がわからない、経験したことのない危機が突然私たちを襲うかもしれません。そんな時に、疑いあったり責め合ったりするのではなく、信じ合い応援し、支え合える社会を築くためにも、この作品を通して“知らなかった自分”に気づき、心を動かされる人が一人でも多く増えてほしいと思います。 |