山本さん(男性/30代) 「ファーナス 訣別の朝」 10月2日 新宿ピカデリーにて |
これほどの映画だったとは。予告を観て、まあ大体の話は予想できるから役者の芝居を楽しみにしよう。なんて思いながら観始めたら…。こんなに濃密で重厚で上質な作品を予告だけで知ったつもりになった自分が恥ずかしい。 物語は、多くを望まず愛する人たちとつつましく過ごす製鉄所員ラッセルがあるとき起こした事故によりその平穏を失っていく過程を描く。ひとつのバランスが崩れることであらゆるものが壊れていく様が丁寧に重ねた伏線をこれまた丁寧に回収することで見事に描かれていて、ラッセルを演じるクリスチャン・ベイルの超一流の演技をはじめもう目が離せませんでした。 また、兄弟の話でもあるため兄のいる僕にはものすごく優しさの沁みる作品でもありました。どんなに迷惑をかけられても、心配させられてもお兄ちゃんは弟を大切に思っていて、そんなお兄ちゃんが弟には誰よりも頼りになるヒーローだったりする。大好きだから迷惑なんかかけたくないし、心配だってさせたくない。劇中で弟ロドニーが兄ラッセルに宛てた手紙にはそんな思いが溢れていて、それを読むラッセルのお兄ちゃん顔といったらたまりませんでした。 ただし作品はクライムストーリー。冒頭のシークエンスから見せてくれます。しかもそれらのシーンがラッセルだけではなく、彼らを取り巻く問題や悩みを抱えた人々にも平穏を失う理由があることを示唆していて、作品のトーンもガツンと伝えてきます。ひとつのエピソードにおける考察をレビューに交えようとしても他のエピソードと繋がっていてそれらを簡潔にまとめることができずにいます。ラッセルを取り巻く環境もまさにそうで、ひとつの要因が別の要因と連結していて問題をひとつに絞らせてくれない。そんな複雑さをとてもわかりやすい展開で描いている映画。 撮影が日本人のタカヤナギ・マサノブ氏ということで「世界にひとつのプレイブック」(13)に続き今後の活躍にオスカーを期待している方も多いのでは!?なんて、本作を観てますます期待を膨らませています。《ファーナス》とは溶鉱炉。何もかもを溶かしてしまうファーナスとの訣別が意味するものが本当のラストのラストに待っています。映画好きな方、兄弟のいる方、超大作、恋愛ものじゃないズシンとくるやつ観たいんだって方、是非。 |
早川和希さん(女性/20代) 「蜩ノ記」 9月30日 試写会にて |
私は邦画が好きなのですが、時代劇に関しては少し堅苦しいというか難しいイメージが強く観ることがほとんどなかったのです。が、試写会で観て時代劇にも興味をもったので、今回はそのきっかけになった「蜩ノ記」を紹介することにしました。 物語は、事件を起こした罪で10年後の夏に切腹することと藩の歴史である「家譜」を完成させることを命じられ、その切腹の日が3年後にせまった、戸田秋谷(役所広司)の元にある日、檀野庄三郎(岡田准一)が監視をするため訪れる所から話が始まります。そして、秋谷と生活を共にしていくうちに切腹のきっかけになった事件に疑問を抱いた庄三郎は真相を探り始め…。 秋谷は本当に罪を犯したのか、事件の真相は!?という所も見どころの一つですが、この映画の一番の見どころは様々な愛の形が沢山詰まっているところだと思います。私は、息子・郁太郎(吉田晴登)が友を思う気持ちと秋谷と妻・織江(原田美枝子)のお互いを思う気持ちに時代が違っても人が人を思う気持ちは同じなのだと感じ自然と涙が零れました。特に夫婦が寄り添っているシーンが印象的でお気に入りのシーンです。夫が事件を起こし切腹という運命が待っているにも関わらず、夫に対して深い愛を持って寄り添い、家族の為に尽くす織江が本当に素敵でこんな女性になりたいなと思いました。 秋谷のように十年後に自分が死ななくてはならない状況になったら、自分だったらどのように過ごすのだろうか、あんなに強く美しく生きられるのだろうかと考えたら、今あるこの時間が愛おしく思え日々を大切に生きようと思いました。親子愛、夫婦愛、師弟愛…そして日本の風景、言葉遣いや動作までもが美しく日本人として誇らしく、心が綺麗になる映画だと思います。 私のように時代劇は堅苦しい、難しそうというイメージを持っている方もいるかもしれませんが、予告を観たことがあるくらいの状態で観に行った私も十分に楽しめましたし、クスッと笑えるシーンもあるので気を張らず気軽に観て頂きたいです。この季節にぴったりの切なく心温まる映画をぜひ大切な方と。 |
矢嶋杏奈さん(女性/20代) 「ジャージー・ボーイズ」 10月3日 T-ジョイ大泉にて |
恥ずかしながら、フォー・シーズンズ(The Four Seasons)という偉大なポップスバンドのことは、名前すら知りませんでした。私ぐらいの年代の人は、ザ・ビートルズは知っていても、それ以前に音楽業界を席巻したフォー・シーズンズのことは知らず、「誰?」と思う人が多いでしょう。ですが、名前は知らなくても劇中で流れる曲は聴いたことのあるものばかりです。特に『君の瞳に恋している』は超がつくほど有名ですよね!先日「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(14)で70、80年代ポップスを浴びるように聴いてきましたが、今回もまた、映画を観てからというもの気づけば口ずさんでしまっている自分がいます。劇中での音楽というものは観客のモチベーションをかなり左右するのだなと、身をもって体感しました。 クリント・イーストウッド監督作品の独特の渋さは今回も健在です。物語はフォー・シーズンズのヴォーカル、フランキー・バリを中心に展開していきますが、きちんと他の3人のメンバーにもスポットが当たる場面があってイイ。4人それぞれが抱いている思いがきちんと描かれています。フランキーが重い金庫をトランクに乗せた車を走らせようとするが、後ろに重さが偏ってしまって、うまく制御できない…本編の最初の方にそんなシーンがあり、印象に残っています。その様子は今後の彼らの行く末をかなり分かりやすく暗喩しているのですが、狙ったような感じは一切しません。ぜひ注目して欲しいところです。 今回は撮影時に俳優の生歌を収録する方法が用いられているそうです。「レ・ミゼラブル」(12)でも行われていて話題になりました。作品の生き生きとした印象はそのおかげでしょうか。ラストの歌のシーンから、畳み掛けるようなあのエンディング・・・もう最高です!フォー・シーズンズとしてのスタート地点は一緒だった4人が、その後それぞれの人生を歩んでいく様は、時に残酷で悲しいものがあります。彼らの楽しい曲もきっとそうした感情があったからこそ生まれたものなのでしょう。すばらしい歌の数々と、御歳84歳という監督のエネルギーを存分に味わうことができました。観たあとに、心内で静かな高揚感を覚えるというか、すごく気持ちのいい余韻の残る作品です。 |