レビュー一覧
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南真紗子さん(女性/40代) 「愛しのアイリーン」9月26日 TOHOシネマズ川崎にて |
一昔前のラブコメを思わせるタイトルで油断させておきながら、「これは、映画化という名の事件だ」という意味ありげなコピーと、鬼の形相の木野花が少女に猟銃を突きつける衝撃映像の予告篇はいかにも挑発的。なるほど、今年4月にデビュー作『宮本から君へ』が四半世紀を経てテレビドラマとして初映像化された新井英樹原作の漫画を、「ヒメアノ~ル」(16)の吉田恵輔監督が安田顕主演で映画化とは、文脈だけで胸騒ぎを覚えました。 冬には雪に閉ざされる農村を舞台に、年老いた両親を抱えて独身のまま四十路を越えた主人公の岩男が、仲介業者の斡旋でフィリピン人の娘アイリーンを嫁に迎えたことにより巻き起こる騒動を通して、人間の欲望や相互理解の難しさを無様なまでに容赦なく描き出していきます。貧しい家族のために異国に嫁ぐも幸せを夢見る純真なアイリーン、そんな妻を幸せにしたいのに言葉も通じないもどかしさから次第に性欲だけに衝き動かされていく岩男、そんな息子への執着的な愛情が故に外国人の嫁を受け入れられない姑ツルの3人が、それぞれに全身全霊で熱く強くぶつかり合い、空回り、もつれ、暴発の瞬間を探してエスカレートしながら物語を押し進めていくパワーに圧倒されます。特に、木野花演じるツルのアイリーンに対する、殺意も込めた理解しがたいほどの鬼気迫る憤怒的な嫌悪感は、刺々しい憎悪が怖くもあり、痛々しくもあり、ラストまで、これでもかと緊張感を増幅させていく様は圧巻です。 プライバシーやデリカシーのない極端に狭い人間関係や、いくつかの特異な状況が交錯して生み出された非現実的な、自分とはかけ離れたフィクションの世界だと思う一方、ニュースや新聞で見聞きした事件の真相を明かされているようなリアルさに滲みを感じ、目をそらすことを許しません。経済格差と男の欲望が引き起こす嫁買い、買春といった国際的な社会問題と、嫁姑、跡継ぎといった普遍的ですが極めて個別的な家庭内の問題を絡み合わせた物語の妙に加え、何より、ナッツ・シトイが演じる天真爛漫で可憐なアイリーンのたくましい生き様が大変魅力的です。ストレートすぎる性や暴力の描写は、苦手な方もいるかも知れませんが、センセーショナルな予告篇通り、見応えがあり、忘れられない1本になるでしょう。強くお薦めいたします。 |
真耶さん(女性/20代) 「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」9月26日 新宿武蔵野館にて |
本作は中国で実際に2014年に起きたカンニング事件をモチーフに作られた作品です。中国では薬剤師試験で2500人近くが関与した事件や、本作の題材ともなっている海外の大学へ留学する為の統一試験(STIC)での事件など、集団カンニングが実際に起きています。本作の舞台はタイですが、中国だけでなく近年アジア各国で過度な受験戦争が深刻な社会問題となっています。 学歴や資格の有無がその後生きて行く上での社会的地位に直結していくため、親も子供も必死で、中にはカンニングや学校への賄賂のために貯金をしている人もいるそうです。頭は良いが経済的には恵まれていない子、経済的に恵まれているが勉強は得意ではない子。そういった子達にとって、カンニングはお互いに利益のあるビジネスになり得ます。 本作の主人公のリンは天才的頭脳を持ち、奨学金を貰いながら学校に通っています。最初は友人を助けるためにカンニングをしましたが、噂は広まり、次第にリンは大金を稼ぐようになります。その後学校にバレたことや、リスクの高さから一度はカンニングを辞めましたが、また友人の依頼をきっかけに、試験を先に受け答案を作成する者、カンニングに必要なツールを作成する者、費用や利益を得る為の参加者を募る者など、それぞれの得意分野を活かし、STICで組織的に大規模なカンニングを行うことになります。実際にテストに挑むシーンはとてもテンポがよくハラハラとし、いけないこととわかりつつもカンニングの成功を祈らずにはいられません。 カンニングは学生時代ごく普通の生徒でも関わる可能性のあるもので、多くの人に身近な犯罪です。背景にある社会問題や、この事件を通しそれぞれの人生が良い方にも悪い方にも変わっていく様、待ち受けるあまりに不平等な結果もあり、見終えて少し辛い気持ちにもなりましたが、ただ面白いだけでなく考える点もあり、最後まで飽きることなく130分を過ごせる作品でした。 |