レビュー一覧
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川澄典子さん(女性/38歳) 「007 スペクター」 12月12日 109シネマズムービルにて |
爆破されたビルから宙を舞うヘリコプターへと場所を移しながらの激しいアクションシーンの後、サム・スミスの歌う主題歌「ライティングズ・オン・ザ・ウォール」が劇場を圧倒した。ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドの鍛え抜かれた肉体が美しい。 今作品がダニエル・クレイグにとって最後のボンド役になるということと、これまでの007作品を観たことのない人間が観ても面白いのかを確かめたく一人で劇場に足を運んだ。 名俳優、名女優が勢ぞろいし、新たなボンドガール、マドレーヌ・スワンを女優レア・セドゥが演じている。メキシコ、オーストリア、イタリア、モロッコ、英国と舞台は、大きくしかし猛スピードで移動して行く。近頃はあまり購入しなくなったパンフレットを迷わず購入。そこにはメキシコでの撮影には1500人のエキストラが参加したと書かれていた。これまでに見たこともないような規模のお祭りのシーンに心が躍り、冒頭部分から一気にボンドの世界に引き込まれた。 街中でのカーチェイスのシーンでも、雪山での飛行機での黒幕追跡シーンでも、私自身が身を乗り出して、ボンドの行く先を追い掛けた。これこそジェットコースタームービーの代名詞である。激しいアクションシーンと猛スピードで展開してゆくストーリーの絶妙なバランスがとても心地よかった。 ボンドが迎え撃つ国際犯罪組織の名称が、この作品のタイトルにもなっている「スペクター(SPECTRE)」である。執念深くボンドに迫りくる様子に恐怖を感じることが幾度となくあったが、なにせボンドは強い!カッコいい!でも「無敵」という訳ではないのだ。今回ばかりはダメなのかと思わせ、負けそうにもなる。でも負けない。この人間らしさもボンドの魅力の一つであろう。 私にとって初めての007シリーズ鑑賞となったが、すでにその世界に魅了されている。あの心も身体も揺さぶられる感覚を再度味わいたい。前作をDVDで観たい気持ちももちろん強いが、やはり今は劇場でジェームズ・ボンドの世界にもう一度浸りたい。今も興奮冷めやらぬままである。 |
坂本彩さん(女性/20代) 「黄金のアデーレ 名画の帰還」 11月28日 イオンシネマ新百合ヶ丘にて |
クリムトの名画を巡る実話に基づいた映画。ヘレン・ミレン演じるオーストリア女性マリアが、当時ナチスによって略奪されてしまった絵画をオーストリア政府から取り戻そうとする。その絵画とは、オーストリアの画家、グスタフ・クリムトが1907年に描いた『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I』である。黄金に光り輝き煌びやかながらも上品で奥ゆかしい肖像画には、主人公マリアの伯母アデーレが描かれている。伯父と伯母には子供が居なかったため、マリアは我が子のように可愛がられていた。そんな中、ナチスの活動がオーストリアにも波及してきたことで、彼らの所有物は取り上げられてしまう。その中にアデーレの肖像画も含まれていた。その後、その肖像画はオーストリアのベルヴェデーレ宮殿美術館に飾られ、オーストリアの「モナリザ」と呼ばれる程貴重な絵画として展示される。しかし、アデーレの肖像画は法的には所有権はマリアにあるとして、マリアは弁護士と二人三脚でオーストリア政府にその絵画の返還を要求するのである。 マリアは「返還の要求」をすることで、今まで心の奥にしまい込み、鍵をかけていた想い出や感情と向き合っていくことになる。彼女にとってウィーンには楽しい思い出ばかりがあるわけではない。劇中では物語が進んでいくに連れて現在と過去の映像を交互に追う作りになっており、当時の悲痛な出来事が、マリアのアデーレの肖像画に対する想いを引き立たせる。そしてクライマックスには、心に深い傷を過去に追ってしまった彼女の想いに心がグッと引き寄せられ、鑑賞後はじんわりと余韻に浸れる映画だと思う。また、現在この絵画はニューヨークのノイエ・ギャラリーで見ることが出来るという。偶然にも近々ニューヨークに行く予定なので、是非実物をみてきたいという楽しみがひとつ増えた。映像でみてもうっとりするような肖像画なので、劇場でその美しさに触れることをおすすめしたい。 |
森泉涼一さん(男性/28歳) 「母と暮せば」 12月14日 楽天地シネマズ錦糸町にて |
日本映画の巨匠、山田洋次監督の最新作は、原爆で死んだ息子が幽霊として現れるファンタジー要素を取り入れるといったこれまでの山田映画とは異なった異質な映画となっている。だが、アットホーム感に浸り心温まれるといった監督の長所は健在。原爆で日本が悲しみに包まれるといった時代背景にファンタジーを盛り込むことで、この長所はより輝いてスクリーンに映えることになる。 冒頭、長崎への原爆投下前後の生々しい映像が目に飛び込むが、本作の大部分が原爆で息子を失った母親である伸子(吉永小百合)の会話が占めている。そして幽霊として現れる息子の浩二(二宮和也)を始め多くの共演者たちが相手役として会話に華を添える。 ロマン・ポランスキー監督の「おとなのけんか」(11)を思い出してもらえると相似的だ。屋根の下での会話は映画というよりも演劇を見ているようでキャスト陣の技量の高さが直に伝わるのは魅力的だが、これは舞台ではなく映画ということを忘れてはいけない。この高水準な演劇に外の木枯らしや雷雨を導入することにより、映画でしか表現できないリアルさも同時に味わえるのが本作最大の見所と言い切ってもいいだろう。 例年にも増して戦争映画が多かった2015年。だが、ここまでコミカルかつ戦争の悲惨さを前向きに捉えている映画も珍しい。本作は戦争で亡くなった人間が生き残った人たちにどう影響していくか、生き残った人たちは死んだ人間をどう思って生きていくのかという悲壮感溢れるテーマが根本にあるが、これを少しでも明るく未来へと繋げるような描き方ができているのも経験豊富な山田洋次監督ならではの真骨頂が随所に表現されていたと言ってもいいのではないだろうか。戦時下を体験した人のみならず、若者にも考え方が変わるきっかけになるかもしれない創造性に富んだこの映画を是非おすすめしたい。 |