レビュー一覧
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佐藤由美さん(女性/会社員) 「うさぎドロップ」 9月3日(土) 新宿ピカデリーにて |
宇仁田ゆみ原作の漫画の実写映画化作品。監督はSABU、主演は松山ケンイチ、芦田愛菜…無敵の配役である。 ダイキチ(松山)が祖父の葬儀で、祖父の隠し子のりん(芦田)を(勢いで)引き取るところから話は始まる。ドロッとした所はいっさいなく、表現やセリフもさほど掘り下げたりしない。そのあっさり感がけっこう心地好く、原作の透明感が出ていると思う。 後先考えずに引き取ったダイキチだが、それだけでは何も変わらず、事あるごとに走る、走る。がむしゃらに自分の生活を変えていくダイキチに児童相談所の杉山が「誰かが放り出した責任をこれから先ずっと大切にできるの?」というセリフをぶつける場面がある。この言葉は社会そのものであるように思える。関わりを極力避け、気薄な関係をなんとなく保つお隣りさんのようだ。間違ってはいない…ただ、ダイキチはそうは思わず、また自分達を取り巻く人間関係にも恵まれていた。両親や妹、職場の仲間も温かい。保育園では、男前な性格のシングルマザー・二谷ゆかり(香里奈)にも助けられる。自分が守るべきりんにさえ、気付かされる事は多い。考えて、助けられて前へ進む。弱さと強さは共存し、生きていく事は当たり前に難しい。 それでもダイキチとりんはすっごく楽しそうに見えた。りんと暮らすようになって、ダイキチの家がどんどん色に溢れていくのが眩しくて微笑ましい。実生活でも子供が出来た松山ケンイチの、育メンぶりが今から楽しみである。 |
大内さん(女性/49歳/イラストレーター) 「人生、ここにあり!」 中旬 シネスイッチ銀座にて |
いろんな人生がある。それは誰にでも…。イタリアでの実話をもとに作られた作品だが、まず精神病院が廃止されていたということに驚いた。1983年のことだ。 内容は、精神病院の元患者たちと労働組合員ネッロとのお話。法律が変わり行き場の無くなった元患者たちは、ある施設で無気力な生活を強いられていた。そんなところへ配属され、やってきたのが正義感の強い熱血男ネッロだった。 彼は床貼りの『仕事』を元患者たちに持ちかけ、みんなで会議をし、それぞれの性格に合った役割りを決めていく。ある者は社長に、またある者は進行係りに…。そして、あるアクシデントから廃材で素晴らしい寄木細工の床貼りを完成させたことから注文が殺到!彼らは働き、それに似合った報酬を与えられ、『仕事』の喜びを知る。 そんな理想的なことが本当に…?日本ではまずありえないような様々なことがあれよあれよと繰り広げられていく。そして、その人間らしい感情は『仕事』ばかりでなく生活をも変えていく。普段、我々にしてもどうしようもない気持ちを抱かざるをえない『恋心』。彼らは、その心情をどのように感じ、相手に伝えるのだろう。そして、その結末は? 絶望的なことがあっても傷を負いながら、そして未来への希望を忘れない。真面目に真剣に、でもそこにユーモアを忘れないところがニクい…そんなところにイタリア人気質を感じ興味深く観ることができた。また舞台が芸術の国イタリアということもあり、彼らから作り出される寄木細工が何とも美しくアーティスティックで、かなり感動的でした。原題は「やればできる!」というのだそうです。諦めないでがんばる!元気に!希望を持って!今だからこそ観てよかったと思える作品でした。 |
川上 望さん(男性/59歳) 「神様のカルテ」 9月10日 ユナイテッドシネマ ウニクス南古谷にて |
淡々とした映画でした。一人の医者とカメラマンであるその妻。夫婦2人の日常を温かく見守るカメラ。まるでホームビデオを見ているような感覚で物語が進んでいきます。悩み多き等身大の人間である青年医師を中心に同じ下宿に住む友人仲間や同じ医者の先輩・同輩、看護士・患者との日常的な触れ合いをビスタサイズの画面で、本当に淡々と描いていくのです。 クライマックスと言えば、主人公栗原一止をわざわざ頼って地方の一医院に入院してきた加賀まり子扮する余命幾ばくもない女性患者。彼女が死ぬまでの数日間がドラマの山場であり、「神様のカルテ」と言う題の由来となるエピソードです。末期癌の患者だからと言って、大きな機械も生命維持装置も出て来ない。一昔前のようなさりげない息の引き取り方でした。一止は本当に温かく、一人の人間として彼女の身内のように患者の死を見取るのです。彼女自身が望んだ通りに……。 最初、櫻井翔の演じる医師が本当に頼りなくて、こんな医者には絶対かかりたくないと反発を感じたものでした。自分も幾つか体に持病を抱え、4軒ほどの医院に出入りしています。医院の大小の違いはあれ、皆、同じ市内の町医者です。私の訴えを親身に聞いてくれて、薬等処方してくれます。死に瀕した病ではありませんので、登場人物の女性患者のように必死に選んで身を委ねている状態では無論ないのです。けれど、患者として、どんな医者が理想かは心得ています。医師は患者の心の星でなくてはならぬと思っています。 頼りなげに描かれている栗原一止ですが、医学の知識が不足している訳でも研修意欲に欠ける訳でもありません。常に患者の立場に立って、できるだけ思いやりの深い言葉を掛けようとしているだけです。そうして、その主人公の姿勢から、多忙すぎる医者の現実や理想的な医者のあり方が描かれていきます。加賀まりこ扮する女性患者の主治医に残した遺書から、隣人として親身に接することの大切さが浮き彫りになるのです。涙を流しながら、私は人と人が真に寄り添うことの、美しさの、真実を新たに噛み締めたものでした。 |