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レビュー一覧
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| 江守太一さん 「秒速5センチメートル」 10/15(水) TOHOシネマズ日比谷にて鑑賞 |
| 日常がゆるやかに通り過ぎてゆく。それは儚くも美しく、ひらりと落ちていく桜の花びらのように。この映画は、限りある時間の中で人は過去に想いを馳せながらも、それでも前を向いて生きていくことの尊さを静かに問いかけている。 本作は新海誠の不朽の名作アニメーションを初めて実写化した作品である。『ずっと君といたかった、ただそれだけだったのに』そんな気持ちを抱えながら再会の約束を交わし、離れ離れになる貴樹と明里。彼らの人生という淡く切ない巡り合わせを、繊細な筆致で描き出している。アニメ版の象徴性を、実写ではより現実的な呼吸と質感で息づかせている。 主演の松村北斗をはじめ、高畑充希・森七菜・宮﨑あおい・吉岡秀隆などの名優に加え、上田悠斗・白山乃愛といった若き才能が集う。中でも松村の演技は目の奥に宿るかすかな光、息遣いの一つひとつに、過去に縋る人の痛みと優しさが滲み出ており秀逸だ。 映像表現の完成度も見事である。レトロで柔らかな映像が懐かしさを呼び起こし、まるで過去を覗き込むような没入感を生む。登場人物の心の距離を座る位置や画角で示す演出も印象的で、時間と距離の感覚が映像そのものに宿っている。観客に関係性を想像させる、そんな叙情的な余韻が漂う映画になっていた。 そして観終えたあと、静かに気づかされる。私たちもまた、誰かとすれ違いながら、それでも同じ時間を生きているのだと。早くても遅くても、その歩みのすべてが確かに今を形づくっている。「秒速5センチメートル」は、そんな“生きる速度”の美しさを教えてくれる作品だ。 |
| 河村あずささん 「さよならはスローボールで」 10/18(土) 新宿ピカデリーにて鑑賞 |
| 今回私がご紹介したい作品は「さよならはスローボールで」です。この作品は、長年地元で愛されてきた野球場が中学校建設のために取り壊されることになり、そこでおじさんたちが最後の草野球をする。ただそれだけの映画です。 特にドラマチックな展開も、感動的なエピソードも、手に汗握る試合シーンもありません。始終グダグダな試合運びで、決して野球がうまいとは言えず、突き出たお腹、もたついた足、空を切るバット……カッコいいシーンなんてひとつもありません。正直、途中から『私はいったい何を見せられているんだろう』と思ってしまうほどです。けれど、不思議なことに時間が経つほどに、胸の奥にじんわりと哀愁が広がっていくのです。 言葉には出さないけれど「最後の試合が終わってほしくない」という彼らの気持ちが伝わってきて、当たり前のようにそばにあった大切な時間や関係が終わっていく寂しさが、自分の記憶とも重なって蘇ってきます。そんな彼らを見て、日常の何でもない時間の積み重ねこそが、実はかけがえのない特別なものなのだと気づかされました。 鑑賞後は、少しだけ胸にほろ苦い余韻を残しながら、自分の“今ある日常”を静かに噛みしめたくなる作品でした。 |