レビュー一覧
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Shioriさん(女性/20代) 「サクラサク」 4月11日 109シネマズ川崎にて |
認知症の映画は今年もいくつか公開されていますが、どのように認知症になった家族と向き合うかと言う部分に焦点が当てられている作品が多いです。この作品では認知症患者との向き合い方や介護問題に加え、バラバラになってしまった家族を繋げるロードムービーにもなっているので難しいテーマだと回避してしまう人でも楽しめる映画だと思います。 大崎俊介は仕事人間で家庭のことは家族に任せ切り、妻昭子は家庭の問題に無関心で子供達は何を考えているのか、また俊介の父で認知症の俊太郎の具合がどの位深刻なのかさえ分からない。実際は皆無関心を装っているだけで、それぞれがとっている態度は家族ならわかってくれるだろうと言う甘えからでもあると思うが、お互いが背を向けてしまっているのだから、そこにすら気付くはずもない。 作中には素敵な言葉がたくさんあります。中でも最も印象的な言葉が『人を褒める時はその人をよく見なくてはいけない』と言う祖父・俊太郎の言葉です。叱る時も同じ。実際に父親である俊介が叱りつけてしまった息子は、祖父である俊太郎の一番の理解者でした。よく言わなくてもわかるみたいなものは、信頼や絆。そして、わかり合おうと努力する気持の上に成り立っているのだと言う事。それは家族だけではなく人と付き合う上で最も大切なのだと教えてくれます。 出演している俳優さん全員素晴らしいのですが、特に藤竜也さん演じる俊太郎が自身の認知症の症状に戸惑ったり、悔しさを滲ませる表情や優しく語るようなセリフの言い回しはベテランならではの深みがあり、さらに粗相をして放って置かれるシーンは、とても勇気がいるシーンで若い俳優にはなかなか出来ない演技だと思うし、そのシーンは壊れてしまった家族と言うイメージを印象付けるとても重要なシーンだったと思います。また2人の子供を演じた矢野聖人さんと美山加恋さんも素晴らしく、バラバラになってしまった家族に希望の光をもたらす重要な役だと思います。 ラストの決断も仕事を放り出しての旅も普通の生活では中々出来ない選択かもしれない。しかし、その位の選択をしなければ失ったものは取り戻せないのだと言うことだと受け取りました。俊太郎の記憶の奥底にある美しい風景に辿りつくまでの町並みや桜が心に染みるほど美しい。これぞ日本の映画だ!と言う作品でした。 |
早川和希さん(女性/20代) 「WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~」 3月28日 試写会にて |
矢口史靖監督最新作の「WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~」を運よく試写会で2回観ることができました。なので、今回はこの作品を紹介したいと思います。 大学受験に失敗した男の子が、たまたま見つけたパンフレットの表紙の美女に会いたいという不純な動機で、携帯が繋がらないほどの田舎へ行き、林業研修に参加します。最初はチャランポランだった男の子が林業の魅力に気付き、村の人たちとの交流を通して成長していく物語です。 主演は染谷将太くん。暗い役が多かった染谷くんが明るくてどこか憎めないイマドキ男子を好演しています。パンフレットの美女を演じたのは長澤まさみちゃん。サバサバして男勝りなこの役は、まさみちゃん以外出来なかったと思います。林業の天才で、染谷くん演じる男の子の世話をする先輩を演じたのは伊藤英明さん。「海猿」(04年、06年、10年、12年)のイメージが強かったのですが、ばっちり山の男でした! 全体的に笑いが散りばめられていてテンポもよく、林業についてまったく知らなくても程よい説明があり、とても見やすく見た後に前向きになれる作品でした。そして、どのシーンもスタントマンなど使わずに本人たちが実際の大木を相手に演じていることやメインの3人以外にも光石研さん、西田尚美さん、柄本明さんなど演技派の俳優が集まっているのもこの映画の魅力だと思います。元気をもらいたい人、笑いたい人、老若男女、すべての人が楽しめる映画なので、友達や家族と気軽に見に行って欲しいです。 |
矢嶋杏奈さん(女性/20歳) 「アクト・オブ・キリング」 5月6日 シアター・イメージフォーラム |
ゴールデンウィーク最終日に観に行った「アクト・オブ・キリング」。朝一番の回は満席近い大盛況っぷり!決して明るくて楽しい映画ではないのにこんなに観に来る人がいるのかと、正直驚きました。 この作品は、1960年代にインドネシアで行われた大量虐殺を加害者側の視点から描いたドキュメンタリーで、当時1,000人あまりをその手で殺したとされるアンワル・コンゴという人物を中心に話が進みます。現在のアンワルは白髪のおじいさん。着ているものはきちんとしていて、孫をかわいがるその姿はいたってふつうの老人だったので、「この人本当にギャングなの?」と映画が始まってすぐ、私の頭の中にはてなマークが。でも日本映画に出てくるヤクザもこんなかんじだよなぁと、ひとりで納得。 驚いたのは、ジョシュア・オッペンハイマー監督がアンワルたちに「あなたたちが過去に行ったことを映画にしましょう」と提案すると嫌がるどころかノリノリで映画製作を始めたこと。裁かれる事なく罪を逃れた加害者が自慢気に当時を語るシーンは、大虐殺に加担したのにもかかわらず、どうしてこうも平然としていられるのかと信じられない気持ちになりました。選挙のときに市民に賄賂を渡すのが当たり前だったり、「もしいまハーグ(の国際司法裁判所)に呼ばれたらどうする?」という問いに「行くよ。有名になれるからね」と答えたり、テレビ放送ですら過去の虐殺を笑い話のように扱ったりと、すべてがわたしの想像の斜め上をいっていました。 日本では絶対にあり得ない光景が目の前で繰り広げられて少々気疲れてきた頃に彼らの映画製作は一段落し、アンワルは自分が被害者を演じた拷問シーンをチェックします。そこでやっと自分の過去の行為がどんなものであったかを理解するのです。この映画の中で唯一希望を感じられるシーンですが、すっきりとした気持ちにはなれませんでした。 アンワルたち加害者もそうですが、その周りを取り巻く人間による「殺人の正当化」という行為を目の当たりにして、誰しもが加害者側の人間になりうるのかと思うと、背筋がぞっとします・・・。 |