レビュー一覧
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久保さん(男性/52歳/会社役員) 「スティーブ・ジョブズ」 10月29日 試写会にて |
初めて買ったパーソナル・コンピューターが iMac だった。それ以来 iPod、iPhone、iPad と常に Apple の製品と共に生きてきた。2011年、ジョブズが亡くなった後に出版された上下2巻に及ぶ長大な伝記は、電子書籍で購入して iPad で読んだ。彼の伝記は iPad で読むべき本だと思ったから。 さて、そのスティーブ・ジョブズの起承転結ではすまない波乱に満ちた人生が、どのように映画化されるのか、たいへん楽しみにしていたが、監督のジョシュア・マイケル・スターンは潔く、iMac 発表前までの青年期にしぼって128分にまとめあげた。冒頭 iPod の発表のシーンで始まるが、主演のアシュトン・カッチャーはジョブズにそっくり。歩き方からジョブズそのものなので、注目していただきたい。 インドでのシーンからアップル・コンピューター創設まで、映像と音楽が融合して言葉ではなく、まさに映画的に表現されている。天才ではあったがまだ自分が何者か分からなかった若きジョブズが、自分の道を見つけ起業に向けて突き進む姿が活き活きと描かれている。その反面、養父母に育てられたというジョブズの背景が全く語られないのは、後に人間関係を構築できない彼の変人ぶりを理解するのに必須なだけに残念だ。中盤以降は、Apple II の成功後、会社の中で孤立していくジョブズが描かれる。彼の創り出した製品は我々を熱狂させたが、彼の周りにいる人間はどんどん彼から離れていく。天才だが、わがままで、親友や恋人とも人間関係を築けない難しい役柄を主演のアシュトン・カッチャーは熱演している。 映画はジョブズがCEOとして Apple に戻ってきて、それからの Apple の成功を予感させる形で終わるが、最後まで iPhone も iPad も、影も形も出てこない。私のようなオールド・ユーザーなら iMac のデザイン画だけでワクワクするが、若いファンにはもう一つピンとこないかもしれない。若きジョブズの青年期を描いたこの映画、私は十分に感動したが、この映画では描かれなかった iTunes とボブ・ディランの話や、ピクサー創設の話、病気を抱え、死を覚悟しながらのiPhone や iPad の開発など、実はこの後の話の方が今のユーザーには面白いので、続編が制作されることを期待したい。 |
石津 修之さん(男性/57歳/会社員) 「マラヴィータ」 11月7日 試写会にて |
スコセッシが製作総指揮で、リュック・ベッソンが監督、ロバート・デ・ニーロが主演。ミッシェル・ファイファーやトミー・リー・ジョーンズが共演。ストーリーは元マフィアのボスが現在のマフィアに追われ、このファミリーともどもその運命やいかに。そこにFBIが絡んでくる。 この作品のキーワードは、FBIの『証人保護プログラム』だ。つまり、元マフィアだった男が、国家のために証言することで、FBIが守ってくれるという制度。職業を偽り、名前を変え、家族と一緒にひっそり暮らすはずが…。キレやすい家族のそれぞれが個性的で、ひっそり暮らすなんてできはしない。そのあきれたキャラの描写が楽しい。過剰な感情の起伏を二段構えで描く。つまり、キレた時に暴れるシーンを現実として描き、さらにキレた時はとことんエキセントリックに暴走させていき、実は空想の世界というふうに描く。遊びながら面白おかしく家族の脱線ぶりを過激にコミカルに描いていく。娘の恋あり、息子の学校での天才的人心掌握ぶりあり、妻のコンビニ爆破ぐせありなど、あくまでも軽く力を抜いたセンスで見せる。スタッフもキャストも楽しんでいるのが伝わってくる。だから、残酷シーンや殺人シーンも深刻にならない。デ・ニーロが「タクシードライバー」(76)で登場してから、何年経つだろうか。今回のこの名優のリラックスしたコメディは安心感すら漂う。 さて、映画後半で、主人公デ・ニーロは作家?として映画会に招待される。余計なことで気をもむリー・ジョーンズがおかしい。用意した映画が上映されなくなるくだりが興味深い。もともと用意した作品がF・シナトラの「走り来る人々」(59)で、代替作品がなんとスコセッシ作品「グッドフェローズ」(90)である。嬉々として作品を語るデ・ニーロは、拍手喝采を得る。目立ってはいけない境遇の主人公が目立ってしまう皮肉と楽屋落ちネタ。 その後一気にラストの壮絶なクライマックスに突入。この描写も計算されつくされており、ベッソン節がさく裂する。名人芸の境地か。しかし、クライマックスのドンパチだけに頼らず、クライマックスに行き着くまでの道のりが楽しい。そして、やっぱりクライマックスはこうでなくっちゃという展開で膝をたたく。なんか、得したような気分いっぱいの映画だった。 |
吉田 創貴さん(男性/25歳/会社員) 「サカサマのパテマ」 11月9日 ヒューマントラストシネマ渋谷にて |
9月に引退を表明された宮崎駿監督の作品の中で、「天空の城ラピュタ」(86)が1番のお気に入りです。空から降ってきた少女とそれを受け止める少年。奇妙な出会いから始まる2人の冒険を描いたボーイ・ミーツ・ガール作品です。今回レポートする「サカサマのパテマ」ですが、観ていてどこか『ラピュタっぽいよなぁ』と感じました。この作品も簡単に言うと降って来た少女とそれを助けた少年のボーイ・ミーツ・ガール作品です。ただラピュタと違うのは、少女は『空』からではなく『地底』から降ってくるという点です。 この映画は、少年エイジが住む地上の世界と少女パテマが住む重力が反転した地下の世界、この2つの世界がサカサマにつながっている不思議な物語です。この映画の面白いところは、物語がエイジ視点で進んだり、パテマ視点で進んだりと上下の感覚がグルッとスイッチングしながら描かれている点です。ずっとエイジの視点だったり、逆にずっとパテマの視点だったりすると片方の心境は早いうちからよくわかってしまうけど、もう片方の心境は全くつかめない。うまくスイッチングすることで、だんだんと反重力世界に住むパテマの苦悩が映画内のエイジとシンクロしてわかっていくような構成になっています。最後の方はスイッチングスピードがあがってきて、もうどっちが上でどっちが下か訳がわからなくなってきます(笑)。 エイジとパテマの兄のような青年ポルタ(反重力世界の住人)が、互いの重力を利用してある場所に潜入するシーンもみどころです。SFアクションモノで、重力を操って戦う超能力者というのはよくいそうですが、この映画では反重力は超能力ではなく、世界を縛る一つのルールです。都合がいいときだけサカサマではなく、常にこの映画では2つの重力が働いています。重力ルールが映画内で一貫している、これがこの映画にある種のリアリティを与えているように感じました。 最後に…映画のほとんどのシーンで、エイジとパテマはサカサマ状態で抱き合っています。ずっと見ていると普通に抱き合っているよりも強く2人が結ばれている、そんな気がしてきます。ラピュタの中で好きなシーンは、パズーが塔からシータを救い出すシーンです。よく考えたら、あれもサカサマのパズーがシータを抱きしめてますね。サカサマって、何か魅力的、そんなことを考えてしまう映画でした。 |