レビュー一覧
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丸山美歌さん 「夏の砂の上」 7/8(火) TOHOシネマズ新宿にて鑑賞 |
枯れるほど暑い長崎の夏。息子を亡くした喪失感から抜け出せない治が、姪・優子とのひと夏の共同生活を経て再生する様を描いています。 接点もない2人はろくに言葉を交わすシーンも多く見当たりませんが、互いが痛みを理解するのは不思議と納得がいくようでした。というのも、感情を吐き出すのが苦手で誤解されやすい不器用な2人。優子は自由奔放で協調性に欠けるようにも見えますが、言葉にせずとも他人の痛みに敏感で、優しく真っ直ぐな性格だと思いました。そんな優子に救われ、気力を取り戻したようにみえる治。 本作では乾いた日照りの地に雨が染み入る様子と渇いた2人の心が交わり沁み入る様子がリンクします。治の心が乱され自暴自棄になっているときに突然の雨。可笑しくなるほどの大雨に、渇いた心が解け2人の距離が縮まります。家中の鍋で集めた雨水を飲んだり、そんな日常の中の非日常的な一連のシーンが印象的でした。 冒頭とラストで映るのは、狭く急な坂道を登り家路につく治。冒頭に比べ失ったものが多いのに清々しく潤ってみえる治。明白な変化はないのですが、どこか違ってみえる治の表情を感じとってほしいです。 観る人の感性を刺激する余白が魅力のミニシアター映画。暑い夏こそ気持ちを乗せやすい、とびきりに夏らしい作品です。雨音、川の流れ、蝉の鳴き声…環境音もとても心地よく効果的でした。ぜひ映画館でご鑑賞ください。 |
江守太一さん 「BAD GENIUS/バッド・ジーニアス」 7/18(金) TOHOシネマズシャンテにて鑑賞 |
『試験始め!』という声が無情にも響く教室。鉛筆の芯すら震えるあの緊張感が、ふいに甦る。解答用紙を塗りつぶす動き、深呼吸、わずかな目配せ——その一つ一つが、まるでスパイ映画のようなスリルを孕む。主人公リンが正解を導き出すたび、細かく刻まれるカットと疾走感ある音楽が、彼女の天才的な頭脳と極限の集中を映し出す。表情一つで伝わる焦りと覚悟に、観客の心拍数すらコントロールされているようだった。 舞台はアメリカの地方都市。貧困や人種の壁が直面する教育の現実が、自然な描写の中でにじみ出る。リンたちにとって“カンニング”は単なるズルではない。友人との繋がりであり、未来へのチケットなのだ。リスクと報酬を冷徹に計算しながらも、彼女の目に映るのは、父の笑顔とその先の夢。正攻法では辿り着けない場所に、手を伸ばす。 “ちょっとしたカンニング”の域を軽々と超えた、常識を裏切る発想と緻密さに観客は息を呑む。気づけばその作戦は、教室という箱を飛び出した壮大なカンニングへと繋がる。そのスケール感とスリルは、まさにクライムエンターテインメントの醍醐味であり、観る者を一瞬たりとも息つかせない。次に何が起こるのか、成功か失敗か——その一手一手に張り詰めた緊張と興奮が走り、やがて倫理と正義の境界が曖昧になっていく。 映画を見終えたあと、あなたは思うだろう。これは、カンニングで現実に反抗する、若者たちの大胆で過激なレジスタンスだと。良い子のみんなは、真似しないように。 |