レビュー一覧
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小室明子さん(女性/30代) 「奇生獣」 12月6日 TOHOシネマズ渋谷にて |
映画「奇生獣」は漫画家・岩明均氏の漫画原作を映画化した作品ですが、子供の頃、漫画の画力に圧倒され、怖くて読む事が出来なかった覚えがあります。時を経て映画化されたと知り、どんな作品に仕上がっているのか、自分のトラウマ?(笑)を超える意味でも観に行ってみました。 映画「奇生獣」は、謎の寄生生物ミギーと共生する事になったごく普通の男子高校生・真一が、"奇生獣"(人間の体に忍び込み、人間のみを捕食する謎の生命体)と闘う、というのが大筋のストーリーですが、まず序盤、ぞっとするような奇生獣の所業に圧倒されます。というのもこの映画で3DCGを担当しているのが「ALWAYS三丁目の夕日」(05)などでも知られている「白組」が担当しており、映像の質の高さに脱帽。この仕事「白組」ならではだと思います。海外のハリウッド映画にも負けず劣らずの映像技術に感動しました。 また、脚本に『リーガル・ハイ』(TBS)の古沢良太と「永遠の0」(13)の山崎貴監督とくれば、面白くないはずがない。2時間あっという間のドキドキハラハラ。話の中盤で奇生獣が真一を追い詰めていくシーンは何度『止めてくれ』と思った事か。真一の人間性にも深く切り込んでおり、ごく平凡な高校生だった真一が奇生生物ミギーと寝食を共にする事で、真一自身にも成長と変化が訪れます。街中にはびこる奇生獣の魔の手から愛する人を守れるのか?また、奇生獣がどこから来て何故人間のみを捕食するのか?寄生獣自身その理由を考えるようになるのです。 現在西アフリカで猛威を奮っているエボラウイルスと「寄生獣」が重なるようにも感じました。エボラウイルスがどこから来て、何故人間の体を短期間で破壊し死に追いやるのか、まさに奇生獣の所業と酷似していると思いませんか?人間がエボラウイルスに駆逐されてしまうのか、それともエボラを根絶する事が出来るのか、想像と現実が不思議にもリンクしているように思えます。また、映画の最後に『してやられた!』と。これから観に行かれる方は是非エンドロールが終わっても席を立たない事をお勧めします。 最後になりますが、1年間日本アカデミー賞特別会員という貴重な権利を与えて下さった日本アカデミー賞協会の皆様に感謝と御礼を申し上げたいと思います。この映画三昧の一年で、また更に映画が大好きになりました。残り少ない12月末まで沢山映画を堪能したいと思います。本当に有難うございました! |
矢嶋杏奈さん(女性/20代) 「6才のボクが、大人になるまで。」 11月18日 TOHOシネマズシャンテにて |
公式サイトにある『4人の俳優が、ひとつの家族を演じた12年間』というフレーズの通り、撮影期間に12年間を要したという本作からは、リチャード・リンクレイター監督の並々ならぬ熱意が感じられました。私が観に行ったときは平日にもかかわらずほぼ満席。今のところ、都内での上映館が1館しかないというのがとても残念です。毎年数日ずつ撮影したということですが、そこで気になったことが2点ありました。まず、始めから終わりまで35mmフィルムを使っての撮影が行われていますが、長い年月の間に急速にデジタル化が進み、フィルムが消えてしまう可能性があったのではないかということ。そして、主要人物の誰かがこの映画の撮影を放棄し、作品が成立しなくなってしまうこと。結果的に素晴らしい作品として仕上がり、世に出たわけですが、監督にはちょっとした賭けのような部分もあったのでしょうか。いずれにせよ、映画史的に大きな試みであったことは間違いありません。 166分という長尺にぎゅっと凝縮された12年間は、特にドラマチックで悲劇的なことが起こるわけではなく、かといって退屈かというとそうではないのです。6歳から18歳までのメイソン少年の成長を余すところなく、実に見事に描ききっていました。アメリカでは高校を卒業したらもう大人として扱われます。そういうバックグラウンドがあっての"18歳まで"なのでしょう。始めはメイソン少年の成長をスクリーン越しに見守っていたのですが、気付けば自分も彼の家族の一員であるかのように錯覚してしまいました。また、長い年月を経て成長したのは子供だけではありません。イーサン・ホーク演じる父親は、どういういきさつがあって、子供たちと会っていないときに何をしているのか明らかにされていませんが、何年間もの会話を聞いていると彼自身が父親として少しずつ成熟していくのがわかります。 他にも、ゲーム機やテレビ番組など、その時代を感じさせるトピックが随所に登場して面白かったです。また、1度は登場するものの、その後ぱたりと出てこなくなるキャラクターが多くいます。意味ありげにでてきたのに、どこに行っちゃったの?と拍子抜けしてしまう場面がいくつもありました。でもそこが妙にリアルなのです。出会う人全てが自分のその後の人生に関わってくるのかと言われたら『ノー』。それに気づいた時、あぁ人生なんてそう簡単には行かないけれど、他人への感謝を忘れてはいけない、いろんな人との出会いを大切にして、腐らずに毎日を生きることが、子供から大人になる過程において非常に重要なことなのだと思いました。 |
山本さん(男性/30代) 「ゴーン・ガール」 12月13日 TOHOシネマズ渋谷にて |
疲れた。なんだこの映画。上手すぎる。しかも観賞後の観客にそういった複雑な感覚にさせることを意図的に、もう少し言えば故意的に作っているようにしか思えない。その感覚を与えることで観客の反応全てを包括できる作品に仕上がっている。カップルや一人もいいけれど、大勢で観て語り合いたくなる作品です。 物語は、妻エイミー(ロザムンド・パイク)の失踪事件捜査を依頼した夫ダン(ベン・アフレック)に容疑が向けられてしまうという映画や小説によくありそうなお話です。お察しの通り『容疑が向けられた夫はこんなやつだった』で終わるような映画ではありません。とりわけ脚本の台詞の端々に伏線、皮肉、メッセ−ジが窺えるところが魅力でした。例えば作中で二人がまだ恋仲の頃に交わす会話の中に“オースティンに乾杯”というものがあり、これは作家のジェ-ン・オースティンを指しているのですが、『高慢と偏見』という小説をご存知の方ならその内容をネタにしている二人から趣向や性格を知ることができ、その先に待つ展開に脚本の秀逸さを感じとることになるのではないかと思います。まだ未読だという方はそこに左右されない目線で鑑賞することができるので、それもまた本作を楽しめる要素になっていると思います。他にも監視カメラの映像が流れるシーンがあり、それもまた真相を知っていることで見方が変わる、知らないことで疑念なく信じることができるという象徴的なものになっています。 とにかくこの映画は懐が深い。どんな台詞にも行動にもテーマがついてまわるのにそれが邪魔になりません。ダンはどんな人物なのか?失踪した妻は?何がウソで本当かわからない連続。そしてその隠し方、暴き方の上手さと展開に観客は驚きとともに振り回される。そもそもウソや本当の判断基準は何でしょう。解決できない想いに呼応するかのような台詞が気持ちいいのにスッキリはしない感覚を残す。冒頭一番の台詞と最後の台詞がその最たるものです。お見事でした。 監督の作品お決まりの要素とか音楽とか男と女で感じ方が違うっていう評判についてとか映画関係者に高評価の作品は一般ウケしないジンクスとか、レビューにキリがつきそうにありません。全部ひっくるめて言いたいです。信じることですり込まれるな、そうとは限らない、と。 |