映画神像の制作者、流政之先生がブロンズに込めた想いに迫る

懐の大きさに度肝を抜かれて

当時、香川県庵治村(現高松市)にスタジオを構えられていた流先生に連絡を取り、東京で打ち合わせをすることになった設立メンバーは、指定の場所で先生がいらっしゃるのを待っていました。アポイントメントはすぐ取れたにもかかわらず、流先生は現れず、待つこと3時間。「やあ、待たせたね」、そう言って飄々と登場された流先生のお人柄は、業を煮やしつつ待っていた人々の心をほぐした。ブロンズについての考えを共有したところで、流先生は「考えておくよ。一度、ぜひ四国のスタジオに遊びにいらっしゃい」と言葉を残して帰って行かれたそうです。時は流れ、「できたよ」という連絡が入ります。どんなアイデアになったのか?プレゼンを楽しみに四国のスタジオに向かった設立メンバーは、スタジオに置かれた大小様々な彫刻を見学しながら、アイデアを聞く時を待ちました。打ち合わせの時と同様、プレゼンはなかなか始まりません。ついに「一体、どういうものを考えていただいたのですか?」と切り出した途端、流先生はスタジオの一画にあった彫刻の覆いを外されました。現れたのは、大きな彫刻。毎年授賞式の舞台上に、そして通常は有楽町マリオンに展示されている「映画神像」だったのです。

3時間待たされたことも型破りでしたが、彫刻が既に完成していたことにも度肝を抜かれた設立メンバー。「たぶんこの作品に値する予算は取っていないでしょう。ですからこれは差し上げます」と彫刻はその場で協会に寄贈されました。

「映画神像」に込められた想い

流政之先生の言葉で振り返る日本アカデミー賞

第4回

どの賞を もらえばいい
どの賞を ことわればいい
明治いらい日本には 賞をことわったりすると
反骨 純粋の芸術家とありがたがる 貧乏根性もあったが
星の数ほどある賞 すべてをことわるなら いざしらず
どれを どれと くわけするのは 忙しいことだし
芸術家には できることでない
もともと 賞は つくられた作品を 楽しむ人たちの よろこび
芸術家だけの もので なし
いわば 町方の ごひいきの くれる ご祝儀のような
いきなもの なのである

第22回

ブロンズの名誉ある寸法

受賞ブロンズの大きさは、大きすぎもならず、また立派過ぎてもいけない。ブロンズが大きく見えすぎると、それだけに受賞者は小さく見え、それに感激の授賞式で、ブロンズが重すぎると、ブロンズを手に振りかざすこともできないのである。なにせ舞台での受賞とは、このうえもなく心に重いものだけに、ブロンズの寸法を気にかけてはいけない。それにブロンズを受け止める人間によって、ブロンズが大きくも見え小さくも見えるもので、まことに受賞のブロンズの寸法とは不可思議なものなのである。

第29回

日本アカデミー賞がつくられた時、ポスターをあれこれとつくったが、派手なものはくりかえし長くつづかないと言う哲学から今の統一規格になり、大きからず小さからず、神像のまわりに受賞者の作品たちの組み合わせ、地色だけを毎年かえていくと言うかんたんな形になった。そのころは地味じゃないか 小さくないかということもあったが、その地味さ故か人々を飽きさせることなくつづき、今ではつくられたポスターも24年で2万枚をこえ、この調子では百年をむかえることも遠くないようである。

第33回

日本アカデミー賞の影にかくれて
忘れられそうなものといえば、映画神像の包み箱

賞をはじめるころは
ブロンズの映画神像のやりくりもたいへんだが
そこはやはり奥ゆかしい日本の賞となるもの、ほうっておけず
これを作るにあたって、当時四国さぬきの職方たちを集めた
「さぬき民具連」の名人たちに頼んだ

地味ながら味わいのある楢の木箱ができあがり
これならどこの賞にも負けぬ。とジョージ・ナカシマのおすみ付き
たかが箱というなかれ
受賞者の名をとどめて、記録されるにちがいない

材質をまもり、形をまもり、日本アカデミー賞の伝統を守る
受賞のあとで、この包み箱の手ざわりのあたたかさに
触れてほしいものである

第34回

日本アカデミー賞の祖形とも言うべき「映画神像」が
1979年、北海道立近代美術館ロビーに展示され
それからのち、1986年から東京 有楽町のマリオン ロビーに飾られている

2003年より「映画神像 北海道」が札幌シネマフロンティアに置かれ
そしていままた、九州の人々により、博多にもと言う運動がひろがり
「映画神像 九州」が置かれようとしている

「映画神像」が、これほどのひろがりをもってきたことの素晴らしさは
色々な賞の中にあって特異なものであろう札幌シネマフロンティア/T・ジョイ博多
これからも「映画神像」は、日本アカデミー賞のこれからの歴史を守り続け
映画人のプライドと、観客の声援によって支えられるものである

第35回

自然の脅威、荒れた経済がくりかえしやってくる中で
どんなに苦しくても、映画は勇気をあたえてくれる

そして、日本アカデミー賞も永遠であり
映画と言う歴史を守りつづけ
人々の生きていることの意味を教えてくれるだろう

今年で35回目となる日本アカデミー賞も
日本に育った大いなる文化であり、活動写真屋の魂である
いい映画をみせつづけ、守りつづけるためにも
今こそ意地のみせどころである

※授賞式プログラムに毎回お寄せいただいたメッセージの一部を、改行なども含め原文のままご紹介しています。

初期の頃の受賞者に送られたブロンズ像とその包み箱