第41回日本アカデミー賞 特別賞一覧

第41回日本アカデミー賞の特別賞選考委員会が11月27日(月)に開かれ、以下のみなさまが各賞に決定いたしました。正賞15部門および新人俳優賞は、来年1月15日(月)に行う予定の記者会見で発表し、いずれも3月2日(金)グランドプリンスホテル新高輪にて行われる授賞式で、贈賞を行ないます。


(敬称略・50音順/会長特別賞のみ没日順)

協会特別賞

映画製作の現場を支える種々の職能に従事する人たちの栄誉を讃えるもの


江川悦子(えがわ えつこ)【特殊メイク・特殊造形】

1980年代米国ロサンゼルス在住中、Joe Blasco Make-up Centerで特殊メイクを学び、スタッフとして米映画「デューン/砂の惑星」「ゴーストバスターズ」(共に84)に参加。帰国後、特殊メイクと造形の工房(株)メイクアップディメンションズを設立。以来、日本映画界における特殊メイクのパイオニアとしてSF作品に限らず、ジャンルを超えた数多くの作品に参加。いずれの作品においても監督・現場スタッフから厚い信頼を寄せられている。17年文化庁映画賞・映画功労部門を受賞するなど、高画質時代に対応した創意工夫と更なる技術革新、人材育成に取り組む姿勢も高く評価されている。
<代表作>
「帝都物語」(88)、「血と骨」(04)、「ゲゲゲの鬼太郎」(07)、「おくりびと」(08)、「清須会議」(13)、「小さいおうち」(14)、「忍びの国」(17)、「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶」(17)など

大澤克俊(おおさわ かつとし)【美術・鉄道具】

父親の代から続く美術製作会社(有)大澤製作所を率いて、オープンセットの大型鉄骨工事から零戦や隼など戦闘機や戦車、時代劇の大砲、さらには近未来の特殊車両に至るまでを設計・製作し、“金物”を扱うその確かな技術に監督・現場スタッフから絶大な信頼を得ている。加えていち早く「3Dプリンター」や「レーザー加工機」を導入し、製作物のレベルを飛躍的に向上させた。また若手美術デザイナー、スタッフを積極的に受け入れ、次世代の育成と技術の継承に積極的に取り組んでいる。自らの仕事を“鉄道具”と呼び更なる研鑽を続けている。
<代表作>
「仮面ライダー」シリーズ(71~)、「海猿」シリーズ(04~12)、「252 生存者あり」(08)、「永遠の0」(13)、「るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編」(14)、「進撃の巨人 ATTACK ON TITAN 前/後編」(15)、「トリガール!」(17)、「DESTINY 鎌倉ものがたり」(17)など

小沼みどり(おぬま みどり)【ヘアメイク】

1979年「さらば映画の友よ」でメイキャップとして撮影現場に参加して以来、120本を超える作品でヘアメイクを担当する。スタッフとの一体感を大切にしつつ、キャストの心身のコンディションを撮影に向けて高めるその仕事振りと、製作現場での誠実で情熱を込めたブレない姿勢は、伊丹十三、阪本順治をはじめ多くの監督、スタッフ、キャストから高い信頼を得て来た。加えて新進監督たちの現場にも積極的に参加する探求心も旺盛で、後進の育成と合わせ、プロフェッショナルとしての益々の活躍が期待される。
<代表作>
「遠雷」(81)、「水のないプール」(82)、「お葬式」(84)、「顔」(00)、「青い春」(01)、「クライマーズ・ハイ」(08)、「デンデラ」(11)、「あゝ、荒野 前/後篇」(17)など

古藤 博(ことう ひろし)【衣裳】

1968年東京衣裳(株)に入社。藤圭子主演「涙流し唄 命預けます」(70)以来約50年間、撮影現場の第一線で活躍。蓄積された時代考証の知識を基に、軍服・階級章や明治・大正・昭和時代の衣裳を的確に再現し、卓越した能力を遺憾なく発揮。監督だけでなく、黒澤和子やワダエミなど衣装デザイナーからも厚い信頼を寄せられている。また、海外の作品においても日本独自の衣裳世界の伝承に努め、その確かな再現力は日本映画だけにとどまらない。
<代表作>
「リング」シリーズ(98~00)、「鉄道員(ぽっぽや)」(99)、「私は貝になりたい」(08)、「ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~」(09)、「アウトレイジ」シリーズ(10~17)、「許されざる者」(13)、「The Outsider(原題)」(18予定)など

吉川威史(よしかわ たけふみ)【キャスティンク・ディレクター】

1978年熊井啓監督「お吟さま」の助監督として現場に参加し、89年北野武監督「その男、凶暴につき」でキャスティングを担当する。この時初めて日本映画において“キャスティング担当”というタイトルロールを使用した。以来、すべての北野監督作品に加え、深作欣二・今村昌平・周防正行・滝田洋二郎など多くの監督作品を担当する。主要キャストから脇役に至るまで、台本イメージや製作予算に合う俳優を監督・プロデューサーに提案し、作品世界を共に創る。97年には日本初のキャスティング専門会社として吉川事務所を設立。キャスティング分野とキャスティング・ディレクターという職種を確立し、後進の人材育成にもあたっている。
<代表作>
「その男、凶暴につき」(89)、「デスノート」(06)、「それでもボクはやってない」(07)、「おくりびと」(08)、「アウトレイジ」シリーズ(10~17)、「踊る大捜査線 THE MOVIE 3」(10)、「愚行録」(17)など

会長功労賞

永年にわたり多大なる貢献と顕著な実績をしるした映画人に対し与えられるもの


香川京子(かがわ きょうこ)【俳優】

1931年12月5日生まれ 86歳
1949年「ニューフェイス・ノミネーション」に合格、新東宝に入社する。50年「窓から飛び出せ」でデビュー。五社協定〈※〉前にフリーとなり、日本映画黄金時代に名だたる監督たちの作品へ次々と出演し、高い評価を得た。近作「天使のいる図書館」(17)まで出演作は210本を超える。代表作に「ひめゆりの塔」「東京物語」(共に53)、「近松物語」(54)、「猫と庄造と二人のをんな」(56)、「女殺し油地獄」(57)、「杏っ子」(58)、「早乙女家の娘たち」(62)、「天国と地獄」(63)など。11年には映画遺産の保存活動に貢献した人物を表彰するFIAF賞(国際フィルム・アーカイヴ連盟賞)を日本人で初めて受賞した。
<受賞歴>
「翼は心につけて」で第2回日本アカデミー賞ノミネート助演女優賞。(※3回までノミネート方式)、「式部物語」で日本アカデミー賞第14回優秀助演女優賞、第64回キネマ旬報映画賞助演女優賞。「まあだだよ」では第17回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、第48回毎日映画コンクール“田中絹代賞”、第36回ブルーリボン賞助演女優賞。第26回川喜多賞、98年紫綬褒章、04年旭日小綬章。

※五社協定…映画会社5社(松竹・東宝・大映・新東宝・東映)が1953年に調印した専属監督・俳優らに関する協定

川又 昻(かわまた たかし)【撮影】

1926年7月3日生まれ 91歳
1945年松竹に入社。大船撮影所で小津安二郎監督作品の撮影助手を経て、59年「明日の太陽」で33才の若さで撮影監督となる。大島渚や野村芳太郎監督を始めとして100本に及ぶ作品を手掛ける。代表作に「青春残酷物語」(60)、「拝啓天皇陛下様」(63)、「砂の器」(74)、「八つ墓村」(77)などがある。近年は撮影助手として携わった「東京物語」「秋刀魚の味」など小津安二郎監督作品のデジタル修復作業に心血を注ぎ、それらの作品はベルリンやカンヌ国際映画祭で上映され話題となる。
<受賞歴>
日本アカデミー賞は5度受賞しており、「事件」「鬼畜」で第2回最優秀技術賞、「黒い雨」で第13回最優秀撮影賞を受賞。優秀賞は第4回「震える舌」「わるいやつら」、第6回「疑惑」「道頓堀川」で受賞。第3回ノミネート撮影賞「配達されない三通の手紙」で受賞。(※第3回までノミネート方式)第33回毎日映画コンクールでは「事件」「鬼畜」で撮影賞を受賞している。

篠田正浩(しのだ まさひろ)【監督】

1931年3月9日生まれ 86歳
1953年松竹入社、60年「恋の片道切符」で監督デビュー。“松竹ヌーヴェル・ヴァーグ”の旗手と呼ばれた。66年独立し、翌67年に独立プロダクション表現社を設立。以来、「スパイ・ゾルゲ」(03)まで33作品を監督する。代表作に「心中天網島」(69)、「はなれ瞽女おりん」(77)、「瀬戸内少年野球団」(84)などがある。86年「鑓の権三」で第36回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞、「沈黙 SILENCE」(71)や他2作品でカンヌ国際映画祭コンペティション部門に3度選出されるなど国際的にも高い評価を得る。
<受賞歴>
日本アカデミー賞は優秀監督賞を6度受賞。「少年時代」で第14回最優秀監督賞と最優秀作品賞を受賞。また同作では第33回ブルーリボン賞作品賞・監督賞、第45回毎日映画コンクール作品賞を受賞。他に「心中天網島」では第24回毎日映画コンクール日本映画大賞、第43回キネマ旬報ベスト・テン日本映画1位と日本映画監督賞を受賞。「沈黙 SILENCE」で第26回毎日映画コンクール日本映画大賞、監督賞を受賞。

紅谷愃一(べにたに けんいち)【録音】

1931年6月7日生まれ 86歳
1949年大映京都撮影所に入所、54年に日活に移籍した。65年「三匹の野良犬」で録音技師に昇進する。今村昌平、黒澤明、降旗康男など名だたる監督作品を支え、「明日への遺言」(07)まで担当作品は120本を超える。代表作に「神々の深き欲望」(68)、「栄光への5000キロ」(69)など。2008年より日本映画・テレビ録音協会の理事長を6年間務め、録音界の技術継承とデジタル時代への新たな取り組みに道筋を開き、後進の育成に尽力した。
<受賞歴>
日本アカデミー賞は優秀録音賞を17度受賞(※ノミネート含む ※同回複数受賞の場合1度と数える)、うち最優秀賞を第4回「復活の日」、第6回「海峡」「セーラー服と機関銃」、第7回「楢山節考」「居酒屋兆治」、第15回「八月の狂詩曲(ラプソディー)」、第23回「鉄道員(ぽっぽや)」で5度受賞している。毎日映画コンクールでは第23回「黒部の太陽」、第35回「復活の日」、第38回「楢山節考」で録音賞を3度受賞。10年旭日小綬章。

舛田利雄(ますだ としお)【監督】

1927年10月5日生まれ 90歳
1949年新東宝シナリオ塾に入塾し、翌年入社する。井上梅次監督らの助監督を務めた後、54年に日活に移籍。29才の若さで「心と肉体の旅」(58)で監督デビュー、「赤いハンカチ」(64)「紅の流れ星」(67)など日活アクション映画の全盛時代を築く。「トラ・トラ・トラ!」(68)以降フリーとなり、超大作映画から「ハイティーン・ブギ」(82)等のアイドル映画、「片翼だけの天使」(86)等の娯楽映画をヒットメーカーとして各映画会社で撮り続ける。プログラムピクチャーの制約の内で自身の演出力と腕力を発揮し、全監督作品82本を通して職人中の職人と呼ばれる。
<受賞歴>
日本アカデミー賞優秀監督賞は第4回「二百三高地」、第13回「社葬」で受賞。「社葬」では他に第44回毎日映画コンクール、第32回ブルーリボン賞、第14回報知映画賞で監督賞を受賞。91年牧野省三賞、93年紫綬褒章、99年勲四等旭日小綬章。

山本富士子(やまもと ふじこ)【俳優】

1931年12月11日生まれ 86歳
1950年第一回ミス日本に選ばれる。その3年後、映画各社争奪戦の末に大映に入社。後、早々「花の講道館」(53)でデビュー。五社協定の規制がある中にもかかわらず、市川崑、小津安二郎、豊田四郎など錚々たる監督から、会社間の垣根を越え出演依頼が相次いだ。63年フリーを宣言、その後、活躍の場をテレビ・舞台へと移したが10年間の映画出演作は100本を超える。01年紫綬褒章を受章。代表作に「夜の河」(56)、「彼岸花」「白鷺」(58)、「濹東綺譚」(60)、「黒い十人の女」(61)などがある。
<受賞歴>
「彼岸花」「白鷺」(共に58)で第9回ブルーリボン賞主演女優賞、「女経」「濹東綺譚」(共に60)で第34回キネマ旬報賞主演女優賞、NHK日本映画最優秀主演女優賞(61)を受賞。

会長特別賞

永年にわたり多大なる貢献と顕著な実績をしるし2017年に逝去された映画人に対し与えられるもの


松方弘樹(まつかた ひろき)【俳優】

1月21日没 享年74歳
父は時代劇俳優の近衛十四郎。母は女優の水川八重子。17歳で「十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ」(60)で主演デビュー。以来数多くの映画などに出演し、中でも任侠映画の悪役・敵役を好演。「十三人の刺客」(10)、「太秦ライムライト」(13)、ドキュメンタリー映画「時代劇は死なず ちゃんばら美学考」(16)など近年まで精力的に活動し出演作は200本を超えた。代表作に「893愚連隊」(66)、「仁義なき戦い」シリーズ(73、74)、「脱獄・広島殺人囚」(74)がある。
<受賞歴>
日本アカデミー賞は優秀主演男優賞を第15回「江戸城大乱」「首領〈ドン〉になった男」、第19回「藏」で受賞。製作総指揮を務めた「藏」は同回企画賞と第8回日刊スポーツ映画大賞石原裕次郎賞を受賞。

渡瀬恒彦(わたせ つねひこ)【俳優】

3月14日没 享年72歳
1969年に東映に入社。翌70年に「殺し屋人別帳」で主演デビュー。以来体当たりのアクションから人間味のある役まで、多彩な役柄を味わい深く演じ、存在感を放つ。出演作は110本を超える。代表作に「鉄砲玉の美学」(73)、「新仁義なき戦い」シリーズ(73、74)、「狂った野獣」(76)、「セーラー服と機関銃」(81)、「敦煌」(88)などがある。
<受賞歴>
日本アカデミー賞は最優秀助演男優賞を第2回「事件」で、優秀主演男優賞は第2回「皇帝のいない八月」(※ノミネート方式)、第4回「震える舌」、第7回「泪橋」「時代屋の女房」、第14回「激動の1750日」「天と地と」で4度受賞している。「赤穂城断絶」、「事件」では第52回キネマ旬報ベスト・テン助演男優賞、第21回ブルーリボン賞助演男優賞、第3回報知映画賞助演男優賞(「皇帝のいない八月」含む)を受賞。「神様がくれた赤ん坊」、「震える舌」で第54回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞を受賞。

大谷 巌(おおたに いわお)【録音】

8月3日没 享年98歳
1935年に日活京都撮影所に入社。41年大日本映画製作(のちの大映)に所属し、43年に「風雪の春」で技師に昇進した。50年黒澤明監督「羅生門」を手がける。51年に松竹京都撮影所から移籍した溝口健二監督「お遊さま」の録音を担当し、以降ほぼすべての溝口作品を担当した。2000年に市川崑監督「どら平太」で録音技師を務めるまで生涯担当作品は130本に及ぶ。
<受賞歴>
「雨月物語」(53)で第8回毎日映画コンクール録音賞を受賞。

早坂 暁(はやさか あきら)【脚本家】

12月16日没 享年88歳
日本大学芸術学部卒業後、新聞社編集長・華道評論家を経て脚本家となる。NHKテレビ時代劇『天下御免』(71~72)で注目を集める。1,000本を超えるテレビ・映画の脚本を執筆し、昭和を代表する脚本家と評される。映画の代表作は「日本一の裏切り男」(68)、「青春の門」(75)、「夢千代日記」(85)、「公園通りの猫たち」(89)、「北京原人 Who are you?」(97)など。
<受賞歴>
日本アカデミー賞優秀脚本賞は第8回「空海」「天国の駅」、第19回「きけ、わだつみの声 Last Friends」、第25回「千年の恋 ひかる源氏物語」で3度受賞している。テレビでは芸術選奨文部大臣賞を3度受賞、向田邦子賞など。94年紫綬褒章、00年勲四等旭日小綬章。